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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)460号 判決

原告 大正海上火災保険株式会社

被告 池田光男 外一名

主文

被告等は原告に対し各自金十六万三千百七十五円及びこれに対する昭和三十年二月十一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は原告において金五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求めその請求の原因として、

(一)、原告は損害保険事業を営む商人であるが昭和二十八年十一月三日被告池田光男との間において同被告を代理店とする左記内容の火災保険代理店契約を締結し被告阪本恒雄は右同日被告池田が右契約に基き負担すべき債務につき連帯保証をなした。

(二)、すなわち右代理店契約の主たる内容は、代理店たる被告池田は火災保険の募集をなし保険料全額を領収のうえ保険契約を結締し領収した保険料は毎月末日締切、翌月末日限り原告に引渡すこと、保険業者たる原告は右保険料の引渡と同時にその一割二分に相当する手数料を右被告に支払うこと但し保険契約の取消又は中途解約があつた場合には保険契約者に返戻すべき金額を控除した保険料の額を以て手数料の基準とすることというのであるが右契約の解釈とすれば保険代理店は保険契約締結の事実を保険業者に通知した場合当然に保険料引渡の義務を負担すべきものである。仮に右契約に示されたところ自体から右解釈が生じないとしても元来損害保険業界においては保険業者が代理店の請求により保険契約を認証して保険証券を発行した場合には代理店は保険料を現実に領収したと否とを問わず保険料相当の金額を保険業者に引渡すのか商慣習をなしているところ前記契約の当事者も右慣習による意思を有したものであるから保険代理店たる被告池田は保険契約締結の事実を保険業者たる原告に通知した場合保険料引渡の義務を免れるものではない。

(三)、しかして被告池田は丸池代理店の名で前記契約に基き(1) 、昭和二十八年十二月十五日植木清一と東京都千代田区有楽町所在有楽デパート一、二階収容の商品一式を保険の目的とし保険金額二千万円、保険期間一箇年の保険料金二十万二千円の火災保険契約を締結し(2) 、同月十八日大杉いくと同都目黒区柿の木坂所在の建物を保険の目的とし保険金額二百五十万円、保険期間一箇年の保険料金二万六千二百五十円の火災保険契約を締結し(3) 、昭和二十九年五月二十六日学校法人八幡大学東京事務所理事長福田二三と福岡県八幡市光犬川町所在の校舎、什器、備品蔵書を保険の目的とし保険金額七千万円、保険期間一箇年の保険料金三十九万五千九百二十円の火災保険契約を締結しその都度保険料領収の旨を原告に通知した。

(四)、ところが右(三)の(1) の保険契約は昭和二十九年一月十日、同(3) の保険契約は同年七月二十六日それぞれ中途解約されたので未経過保険料として右(1) の契約については金十六万千六百円、(3) の契約については金二十七万七千百四十四円をそれぞれ保険契約者に返戻することとなるべく従つて被告池田は原告に対し前記(三)の(1) 乃至(3) の保険料から右解約返戻金額を控除した残金十八万五千四百二十六円を引渡すべき義務があるものである。

(五)、よつて原告は本件代理店契約竝びに保証契約に基き右金額の保険料からその一割二分に相当する手数料金二万二千三百五十一円を控除しその残金十六万千百七十五円に本件訴状送達の日の翌日たる昭和三十年二月十一日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を付して被告等の連帯支払を求めるものである

と述べ立証として、甲第一号証の一乃至十一、同第二号証の一、二、同第三号証の一乃至四、同第四号証の二、同第五号証の一乃三、同第六号証の一、二、同第七号証の一乃至八、同第八号証の一乃至四を提出し証人北村龍身(第一、一回)、同山崎通雄、同植木清一の各証言竝びに被告池田光男(第一回)、同阪本恒雄の各本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の一、二、同第四号証の各成立を認めその余の乙号各証は不知と答えた。

被告等訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として、原告主張(一)の事実は認める。同(二)の事実中原告主張の保険代理店契約の内容が被告池田光男は火災保険の募集をなし保険料全額を領収のうえ保険契約を締結し領収した保険料は毎月末日締切、翌月末日限り原告に引渡すこと、原告は右保険料の引渡と同時にその一割二分の相当する手数料を右被告に支払うことというのであることは認めるがその余の事実は否認する。同(三)の事実中被告池田が丸池代理店の名で原告主張(3) の火災保険契約を締結したことは認めるがその余の事実は否認する。しかして右保険契約にしても保険料の支払がないため結局不成立に終つたものである。少くとも被告池田は原告主張の各保契約については保険料を領収したことがないから原告の請求は失当であると述べ立証として、乙第一号証の一、二、同第二乃至第四号証を提出し証人北村龍身(第一回)同福田二三の各証言竝びに被告池田光男(第一、二回)、同阪本恒雄の各本人尋問の結果を援用し、甲第六号証の一、二、同第七号証の一乃至八、同第八号証の一乃至四の各成立を認め甲第二、三号証の各一、同第五号証の三の各成立を否認しその余の甲号各証は不知と答えた。

理由

原告が損害保険事業を営む商人であつて昭和二十八年十二月三日被告池田光男との間において同被告を代理店とする火災保険代理店契約を締結し被告阪本恒雄が右同日被告池田において右契約に基き負担すべき債務につき連帯保証をなしたこと、右代理店契約の主たる内容が代理店たる被告池田は火災保険の募集をなし保険料全額を領収のうえ保険契約を締結し領収した保険料は毎月末日締切、翌月末日限り原告に引渡すこと、保険業者たる原告は右保険料の引渡と同時にその一割二分に相当する手数料を右被告に支払うことというのであることは当事者間に争がない。しかして成立に争のない甲第六号証の一(本件代理店契約書)、二(本件代理店手数料約定書)によつて前記手数料の約定をみれば原告はその収入「保険料」を基準として代理店手数料を支払うべく被告池田は領収した保険料から代理店手数料を控除した残額を納入すべきものであることが認められるから少くとも代理店が保険料の引渡をしないうちに保険契約が取消され又は中途解約された場合には保険契約者に返戻すべき金額を控除した保険料の額を以て手数料の基準とするものと解するのが相当である。また前記認定の事実によれば保険代理店は保険契約を締結するにあたつては契約者から保険料の全額を領収すべき義務があり従つて保険契約の申込者の都合等により現実に保険料の授受をなさずに保険契約を締結したような場合にも保険業者に対しては精算期日までに保険料の取立をなしてこれを納入すべきものであることは明らかである。のみならず成立に争のない甲第八号証の四によれば損害保険業界においては右の場合精算期日までに保険料の取立ができないときは保険代理店は保険契約者のため保険料の立替をなしこれに相当する金額を保険業者に引渡すことが一般の慣習として行われていることが認められるところ本件代理店契約の当事者が特に右慣習に従わない意思を有したことを窺うべき事情も認められないから保険代理店たる被告池田は保険契約を締結したときは右慣習により契約者から保険料を領収したと否とに拘らず保険業者たる原告に対し保険料の引渡をなすべき義務があるものと解しなければならない。

しかして成立に争のない甲第七号証の一乃至三、六乃至八、証人北村龍身の証言(第一回)により丸池代理店こと被告池田光男の作成名下に田中こと武吉政盛の捺印があることが認められる甲第二号証の二、右証人の証言(第二回)により真正に成立したものと認められる甲第三号証の一乃至四並びに右証人及び同植木清一の各証言を綜合すれば田中こと武吉政盛は被告池田使用の丸池代理店の名で原告から火災保険契約締結に必要な保険料領収証綴等を預りこれを使用して契約の募集、締結に従事し(1) 、昭和二十八年十二月十五日植木清一と東京都千代田区有楽町所在有楽デパート一、二階収容の商品一式を保険の目的とし保険金額二千万円、保険期間一箇年の保険料金二十万二千円の火災保険契約を締結し(2) 、同月十八日大杉いくと同都目黒区柿の木坂所在の建物を保険の目的とし保険金額二百五十万円、保険期間一箇年の保険料金二万六千二百五十円の火災保険契約を締結したことが認められまた被告池田が丸池代理店の名で(3) 、昭和二十九年五月二十六日学校法人八幡大学東京事務所理事長福田二三と福岡県八幡市光大川町所在の校舎、什器、備品、蔵書を保険の目的とし保険金額七千万円、保険期間一箇年の保険料金三十九万五千九百二十円の火災保険契約を締結したことは当事者間に争がない。

そこで前記(1) 、(2) の火災保険契約を締結した武吉政盛の資格、ひいては代理店たる被告池田光男の責任如何につき考えてみると証人北村龍身の証言(第一、二回)並びに被告小池(第一回)、同阪本の各本人尋問の結果(但しいずれも後記措信しない部分を除く)を綜合すれば武吉政盛は当時武蔵野信用金庫の職員であつたものであるが同人が原告から右金庫に金百万円の預入を受くべくその交換条件として右金庫の貸付先が提供する担保物につき原告を保険者とする火災保険の設定を斡旋すべき旨を申入れたところから原告は右金庫を通じて申込まれる保険契約の締結のため特に代理店を設置することとし右金庫に交渉の結果右金庫の理事長たる被告阪本は職務の関係上個人的に連帯保証をなすに止めこれに代わり右金庫の外廓団体の役員たる被告池田が表面上代理店となりその業務は右金庫の職員に代行させることの諒解が成り本件代理店契約を締結したものであつていきおい武吉は右代理店の業務に関与するに至つたこと、これを推すときは武吉は被告池田の諒解のもとに代理店業務を代行したものであることが認められ右認定に抵触する被告等本人の各供述部分はにわかに措信し難く他に右認定を覆すに足る証拠はない。そうしてみると被告池田は武吉のなした前記(1) 、(2) の火災保険契約につき代理店契約に基く責任があるものといわなければならない。

次に被告等は前記(3) の火災保険契約は保険料の支払がないため結局不成立に終つたものである旨を主張するかそもそも保険契約は諾成契約であつて保険料の授受がなくとも成立するものであるから右主張はそれ自体理由がない。

しかるに証人山崎通雄、同北村龍身(第一回)の各証言により真正に成立したものと認める甲第四号証の二、証人福田二三、同北村龍身(第一回)の各証言により真正に成立したものと認める甲第五号証の二によれば前記(1) の保険契約は昭和二十九年一月十日、同(3) の保険契約は同年七月二十六日それぞれ中途解約されたこと、これがため未経過保険料として右(1) の契約については金十六万千六百円、(3) の契約については金二十七万七千百四十四円をそれぞれ保険契約者に返戻することになつたことが認められる。

それならば被告池田は本件代理店契約に基き、被告阪本は本件保証契約に基き原告に対し各自の連帯責任において前記(1) 乃至(3) の保険料から前記解約返戻金額を控除した残金十八万五千四百二十六円を引渡すべき義務があるものである。被告等は少くとも被告池田において保険料を領収したことがないからその支払義務がない旨を主張するか右主張に理由がないことは上記説示により明らかである。

よつて被告等に対し右金額の保険料からその一割二分に相当する約定の手数料金二万二千三百五十一円を控除しその残金十六万千百七十五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和三十年二月十一日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める原告の本訴請求は正当として認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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